子どもの頃からずっと低身長で、今も背が低い。小学校、中学校、高校でも「背の順」に並ばされて、いつでも自分は一番前だった(つまり、クラスで一番背が低いのが常であった。)。これは未成年の自分にとってかなりキツいコンプレックスだった。ちなみにこの「背の順」であるが、教師が「セノウジュン」と発音するので、小学生の自分は「背能順」と勝手に認識しており、「背が低い」=「能力が低い」という認識を勝手に補強していた。小学生の時、男子の人数が奇数だったので、体育の授業で一番背の低かった自分は女子と相撲を取らさせられた。この出来事は今でもトラウマである。当時の世間では「三高」(高学歴、高収入、高身長)が理想といわれていたのである。そして、残念ながら当時の自分は、身長を高くする方法を知らなかった。親が昔、悩む自分に「背が高くなる本」のようなものを買ってきてくれたことがあったが、要は運動しろ、たくさんご飯を食べろ、よく寝ろ、ぶら下がり棒にぶら下がれといった内容のものであり、やる気にはなったが、具体的に何をすればどうなるのか見えず、いつの間にかその本は無くなっていた。
さて、自分には子どもが二人いるが、二人とも自分に輪をかけるレベルの低身長であった。長女が小学校3年生の時、医師から、今すぐ治療を始めた方が良い、と言われた。当時の自分は、子どもの頃の低身長のコンプレックスを忘れていたし、治療をして低身長を治す、という考えが理解できなかった。というか、受け入れられなかった。生まれ持った遺伝子を否定されるような気がしたからである。また、過去の自分にはその選択肢が与えられていなかったことへの嫉妬があったのかもしれない。ともかく、この件で、私と妻は何度も何度も話し合い、成長ホルモンを注射する方法による治療を行うことを決めた。二女についても間もなく治療を始めた。毎月車を運転して遠くにある病院に二人を連れて行き、毎晩妻が二人に注射を打った。そんな日々が続いて、長女は中学校卒業とともに治療を終えた。二女はまだ小学生なので、まだ治療中である。効果は劇的だった。平均的な成長曲線を大きく下回っていた二人とも、現在は平均に引けを取らなくなった。長女は小学生の頃、小さいことを理由に同級生にからかわれていた。本人はいじめと受け取っていた。思えば小さかった自分も、よくからかいの対象になっていた。
「低身長」という現実に対して、子どもの頃の自分には医療的な選択肢はなかった(あったのかもしれないが、自分はアクセスできず、アクセスできないまま現在に至った。)。子どもたちにはその選択肢があった。調べると、遺伝子組み換え技術による成長ホルモン製剤が発売されたのは1986年のことのようだ。その後、大量生産が可能になり、健康保険の適用基準なども整備されていった。医療の進歩により、子どもたちは生まれ持ってきたコンプレックスを克服する機会を得ることができた。
話は変わるが、自分は睡眠時無呼吸症候群(SAS)を患っている。社会人になった頃から、昼間に強烈な眠気に襲われることに気付いた。早い時間に寝ても、長時間寝ても、やはり翌日の昼は眠い。業務時間中に意識が飛んでしまう。先輩に睨みつけられたことも少なくない。このことについて、自分は長い間無知であった。SASという疾患が世の中に存在していることは知っていたが、自分はそうだと思っていなかったし、それが深刻な結果をもたらしうる疾患であることも知らなかった。30代の後半ぐらいになると、朝起きてもひどくぐったりしている日が多くなり、夜中に窒息しそうになって目が覚めることも増えた。妻から促されて検査を受けたら、割と重症だった。疾患として健康保険を適用してCPAP治療(鼻にマスクを付けて、寝ている間空気を送り込む治療法)を始めることができた。これも効果は劇的だった。日中の眠気はほとんど消失し、明らかに生産性が高まった。目が覚めた時にぐったりとしている日もほぼ無くなった。SASは脳卒中や心筋梗塞のリスクを高める。この時検査を受けて治療を始めていなかったら、現在このように健康でいられたかは分からない。自分がCPAP治療を受けている間にも、付けるマスクの形状が進化したり、機器がアップデートされるなど、技術が日に日に進化していっているのを実感してきた。効果も確実に上がっていった。これも医療の進化が自分に与えてくれたことだ。
そして最近、自分はアトピー性皮膚炎への治療として、「デュピクセント」の注射を始めることにした。アトピー性皮膚炎は、低身長と並び、子どもの頃の自分をひどく苦しめてきた、一言でいえばスティグマである。いつも皮膚が乾燥しがちでひどいかゆみを伴い、顔は赤らがかっている。不潔に思われるしバカにされる。低身長は大人になったらもう気にならなくなったが、アトピーは今でも苦痛である。冬は乾燥で、夏は発汗による刺激で、いずれにしても皮膚の状態は最悪になる。風呂に入ればすぐ保湿、ステロイド材の塗布、さらには飲み薬でかゆみを抑えようとするが、効かない。いや、これをしないともっとひどくなるので、効いているといえば効いているのだが、苦痛が消えることはない。全身が常にかゆいので、人前でじっとしていることが困難である。仕事をしていても集中力が削がれる。かゆみがひどくて眠れない日もある。あまりにかゆいと精神的に追い詰められ、発狂しそうになることもある。このようにアトピーは Quality of Life への影響が深刻であり、自分は自分の中にあるこの敵と生まれてからずっと戦い続けている。子どもの頃、母は見かねて色々な治療法を試してくれた。今思うとその中には怪しげな民間療法もあったように思う。
デュピクセントは、近年開発されたアトピー性皮膚炎のための新薬の一つで、アトピー性皮膚炎の病態の理解が高まったことにより開発され、2018年に承認された薬である。これを1か月に2本注射することで、皮膚の炎症を引き起こすサイトカインの働きを抑えて、かゆみや炎症を抑えてくれるという。昨日、このデュピクセントの最初の注射をしてきた。これから2週間に1回、注射を打ってどのように変化してくるのか、とても期待している。
アトピー性皮膚炎に悩まされている人は多い。自分よりも重症の人をたくさん見てきた。自分の子どもは二人ともアトピー性皮膚炎であり、このことがわかった時に自分は自分の遺伝子を呪った。自分が苦しむのは耐えられるとしても(耐えられないが)、子どもが自分の病気を持って生まれてきて苦しむのは耐え難い苦痛である。しかし、ここでも医療の進化が苦痛から自分を解放してくれるかもしれない。
自分は医療の進化に救われ続けてきて、子どもたちは自分以上にその恩恵を受けることができる可能性がある。そんなわけで、医療分野で革新を生み出し続ける人々に感謝し、心から尊敬している。新しい技術が正しく評価され、それを生み出す人が正しく評価されることを願うし、それを見極める眼を養っていきたいと思う。