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「苦しかったときの話をしようか」

同じ組織の異動とはいえ、新しい環境に飛び込んで2か月半が過ぎた。この2か月半は、本当につらく、無力感に苛まれた日々だった。同じタイミングで、子どもたちも自分の価値が信じられずに苦しんでいた。親として何もできないこともまた自分を苦しめた。

このタイミングで、森岡毅さんの「苦しかったときの話をしようか」を読むことができたことが奇跡のように思える。既にベストセラーとなって気になっていたが、なぜか読まずにいた。でも、本当に必要な時に出会うことができた。

「無力なサラリーマンである以上は『後ろ向きな仕事』は避けられない」(p240)。自分の強みや存在意義が曖昧なまま新しい環境に飛び込み、勝負できるところで勝負しなかったことがこの2か月半の敗因だった。「My Brand」、要は自分をどう定義し、言動を合致させて際立たせていくかの詰めは甘かった。それが業務にどう落ちていくかは考えたこともなかった。組織の中での自分の位置付け、今のところは「知財を愛し、知財に愛された男」という7年前に使ったフレーズのままだ(このように認知されていることは大変光栄なことでありがたい。でもここからさらに解像度を上げて価値を体現できる存在になることが必要だ。)。自分が大事にしたいのは、本質的(クリティカル)であること、知的好奇心に突き動かされること、革新的(イノベーティブ)であること、情熱的で周りを惹きつけることだ。自分の価値観と強みをもう一度見直して、その観点から自分の仕事を再定義した。私のお客様たち(きっと、うちの組織が6月以降どうなっていくのかとても気にしているはずだ。)が、この変化を認識することができるのに少なくとも半年はかかると思う。でもきっと感じていただけると思う。

「苦しかったときの話をしようか」は、森岡さんがご自身の娘さんに宛てたメッセージが元となっていて、暑苦しいぐらいの愛情が伝わってくる。「不安」に苛まれている我が子を見るとき、胸が締め付けられるように自分も苦しい。泣いているときには自分も泣きたかった。自分が代わってあげられたらどれだけ楽だろうか。毎日祈るような気持ちで見ていた。でも自分と子どもとは別人格で、自分の思うようにはならないし、自分がやってうまくいくことが同じように当てはまるわけでもない。そんなときに、「挑戦する君の『勇敢さ』と『知性』が強ければ強いほど、よりくっきりと映し出される『影』こそが、実は『不安』の正体だと理解しよう」(p267)とか、「小さな手で思い切り薬指を握ってくれたあの瞬間に、君の一生分の親孝行はもう十分に済んでいるのだから」(p294)とか、「君はきっと大丈夫だ!」(p295)とか、恥ずかしげもなくはっきりと伝えられることが眩しい。森岡さんの娘さんが、これを読んでどう思うのか分からないけど、父親がこれぐらいまっすぐでひたむきで、かつ自分を全肯定してくれたら幸せだろうなと思った。

この1週間ぐらい、完全に空気が抜けたようになっていて、これからどうすればいいのか、本当に分からなかったけど、森岡さんに勇気をもらって、ようやく前に進むことができそうだ。

カテゴリー: 読書